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な~るほど!うんちく博士

第6回 えっ!これも川の恵み?!

第3回のコラムで、秩父(ちちぶ)山地を源流に東京湾に注いでいる荒川が、江戸時代に今の流れに付け替えられた話をしましたが、今回はこの荒川がもたらしてくれた恵みを紹介します。
埼玉県川口市は鋳物(いもの)の街といわれ、昭和37年に吉永 小百合(よしなが さゆり)さんや浜田 光男(はまだ みつお)さんが出演し大ヒットした映画「キューポラのある街」の舞台です。昭和39年開催の東京オリンピック、国立競技場の聖火台も川口市の鋳物師、鈴木 文吾(すずき ぶんご)さんによって鋳造されました。
なぜ川口が鋳物の街なのでしょうか?それは大消費地の江戸に近かったこともありますが、荒川の洪水で上流から流され、川口近辺でつみ重なった土砂が鋳型を形作るのにちょうど良い、固まりやすい粒だったというのも大きな理由とされています。

また、さいたま市の田島ケ原は自生のサクラソウが多く生える土地で、国の天然記念物に指定されています。春には紫色のかわいい花を咲かせ、黄花のノウルシとのコントラストは見事です。このサクラソウは、上流の秩父山地のサクラソウと同種であることが確認されていて、荒川の洪水によって運ばれた土砂の中に埋もれていた種子がこの地で発芽したものといわれています。やがてアシなどの背の高い植物に追いやられる運命ですが、次の洪水がアシなどを一掃し、新しいサクラソウの種子を置いていったのです。今は人の手による野焼きや除草でアシなどが追い払われ、サクラソウが保存されています。

王子製紙と十条製紙(現:日本製紙)は大手製紙会社で、どちらもJR京浜東北線沿いの地名を社名としていますが、明治の初め、澁澤 榮一(しぶさわ えいいち)氏が洋紙の国産化を計画しこの地で起業したことに由来します。なぜこの地が洋紙発祥地となったのかが気になりますが、原料のパルプ材を東京湾から荒川(今の隅田川)を使って運び入れ、さらに千川の用水が利用できる場所として選定されたそうです。
荒川はさまざまなことで意外な恵みを与えてくれていたのです。

たーくん:自然や産業の発展も川の恵みなんだよ。 めーちゃん:ますます 川をきれいに大切にしなくちゃね!

(2012年10月)

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